田倉川(03.06.07)

6月7日

 午前中に勝山に所用があり、その帰り少しばかり午後の渓流を楽しむことにした。目的の川は、日野川支流の田倉川と決めていた。今庄インターで高速を降りると田倉川はすぐだ。辿る川沿いの道両側には、早苗の植え付けを終えたばかりの水田と、麦秋をむかえた黄金色の田畑が織りなすのどかで平和な風景が続いている。道路の山側には黄花のほたるふくろが無数に咲き乱れて、今年もまた蛍の季節が巡ってきたことを教えてくれる。

白糸草  釣り場へ向かう前に瀬戸の村はずれで高倉谷に入ることにした。訳は、30年ほど前に谷の奥にある当時既に廃村と化していた高倉の村から高倉峠を経て釈迦嶺に旅した時に、一夜を過ごした高倉の村落跡を訪ねてみたかったからである。しかし訪ねた高倉はさら地にされていて、当時3軒あった廃屋も跡形もなく消え去っていた。30年と云う歳月が流れたことを改めて知る思いであった。車から降り、橋の欄干に腰掛け昔の記憶をたぐり寄せながら一杯の紅茶を飲み干し、その場立ち去ったのである。

 途中、林道脇の斜面に本当に白い木綿糸で作られているような白糸草が群れをなして咲いていた。その時、30年前も白い花が咲いていたことを思い出し、訳もなくだだ嬉しくなった。

 さて、瀬戸の村落に戻りさらに田倉川の上流に向かう。時間も無いので奥へは入らず、10分ほど走り車を止めることにした。今日は、岩魚の姿をひと目でも見られれば充分なので、竿一本と小型のランディングネットだけを持ち河原に降りることにした。川幅は広く流れもゆったりとしていて、午後からの一寸とした釣り場としては上等である。釣れても釣れなくても良い、そんな気持ちで川を釣り上がっていった。当たりは一つもない。多分岩魚達は活性を増し、上流の流れを切っている堰堤にたまっているのだろうと思いつつも、釣り人の性、良いポイントが在るとつい竿を出してしまう。そして、40分ほどでようやく堰堤の前にたどりつく。

 先ず、堰堤のコンクリートの床が切れて深みになっているポイントに仕掛けを流してみる。数回流しても反応はない。最後に流れが白い飛沫をあげて直接落ちている深さ20cm程度のコンクリートの床上の右端の縒れ場に仕掛けを数回流すと目印が一瞬止まる。道糸のテンションを弛めると、心地良い振動がカーボンロッドを通じて手に伝わってくる。ネットですくい上げると20cmの美しいネイティブの岩魚だ。写真を撮り流れにそっと戻す。先ほどの反対側の縒れ場にもう一度仕掛けを流すと2度目に前よりも強い振動が再び伝わって来る。すくい上げると、一回り大きな23cmの岩魚だ。これも、魚が弱らないよう素速く写真に収め流れに戻す。

 夕暮れにはまだ時間があるが、今日はもうこれで充分である。3時前に流れに別れを告げ、林道へと引き返す事にした。春ののどかな田園を楽しみながら田倉川を離れ、今庄から高橋治の小説「風の盆恋歌」にも登場する、旧北陸本線跡の狭くて恐ろしいトンネルを幾つも潜り抜け敦賀を経て帰京したのであった。