もう三年前のことである。99年7月17日、水谷さん、岡本さん、鍋島さんと手取川上流の下田原谷に入った。午前中は全くだめで、昼食後場所を変えることにし林道を車で下っている時今まで気付かなかった堰堤が木の間越に目に入ってきた。2,3秒間まよったが、車を林道の横に止めた。岡本、鍋島両氏と別れ水谷さんと堰堤に向かうことにした。杉林を抜けると簡単に谷に降りることができた。 流れは幅広く、緩やかに堰堤まで続いている。支度を終え二人で交互に釣り上がりながら堰堤を目指した。あたりはほとんどなく、10センチ程度のあまごが一匹かかっただけであった。 30分程度で堰堤直下にたどりついたが、そこで針を流木にかけてしまい仕掛けが切れてしまった。同時に、気持ちも切れてしまい堰堤は水谷さんに任せることにした。 しかし、反応はなく時間は空しく過ぎ去っていくばかりであった。水谷さんも半ば諦めぼんやりと糸を垂れている。 が、どうしても気になるポイントが一カ所だけあった。堰堤の落ち込みの右端で流れが小さく輪をえがいてゆるんでいる、如何にもイワナが好みそうな場所である。気を取り直し、仕掛けを作りポイントに流してみると、黒い影がすーと走った。やはり、思った通りである。しかも、その影は大きかった。尺はゆうにこえている。もう一度えさを付け慎重にポイントに流した。再びその巨大な影がすーと現れると、目印は落ち込みの中に吸い込まれていった。一呼吸おいて軽くあわせると重い手応えが伝わってきた。5.4mの竿は半月状に大きくしなった。 水谷さんを大急ぎで呼んでたもを用意してもらったが、大きすぎて容易に動かない。ようやく竿をたて手前に引き寄せるがイワナは思いい通りには動いてくれない。一瞬イワナの頭が見えた時、焦って道糸をつかみ引き上げようとした瞬間仕掛けは竿の弾力を失いぷつりと切れてしまった。万事窮すである。その後、何度餌を流しても反応はなっかた。1時間ほど粘ったが諦めて仕掛けを仕舞うことにした。 その時信じられないことが起こった。水谷さんの餌が付いたままの仕舞い掛けの仕掛けが偶然落ち込みの中にあって、その餌にあのイワナが襲いかかってきたのである。当然糸は切れてイワナはまた落ち込みの中に消えていった。とっさに、仕掛けを竿に付け流すとやつはすぐ餌に食らいついてきた。もうやつは完全に狂っているとしか思えなかった。しかし今度は、針が折れてしまった。極細の鮎の掛け針矢島8号は、やつにとってはあまりにも細すぎた。水谷さから渓流針をもらい再度落ち込みに投げ入れた。狂ったイワナは、また餌に食らいついた。もう、仕掛けも丈夫なので強引に落ち込み右側の浅瀬に誘い込み、水谷さんのかまえるネットに流し込むことができた。 その場で、証拠写真を互いに撮り合い急いで林道に駆け戻った。もう時間は五時近く辺りは薄暗くなっていた。イワナをザックから取り出し体長を計ってみると44.5cmであった。後は、白峰村へ向かって林道をぶっ飛ばした。 村は、ちょうど白山祭りで、通りには提灯が並び都会から戻ってきた人々でにぎわっていた。25年以上も通い詰めているが、こんなに華やかな白峰村を見たのは初めてである。スピーカからは何とか音頭が流れ、村人は我を忘れたかのように踊っている。それをぼんやりと眺めていると、今日一日の出来事や、あの狂ったイワナことが幻のようにに思えてならなかった。 しかし、イワナは魚拓となって、民宿”つるの”の玄関先を飾っている。やはり、あの日のことは本当にあった出来事なのだ。 |