明谷川-(08.24)

9月24日(明谷川)

 明谷川は、白峰村を抜け始めて手取川本流に右手より流れ入る長大な支流である。その源頭部は標高1300mを越える加越国境尾根にまでおよび、地元の人々が「判官堂」と呼ぶ訪れる人も希なる広大な湿原が隠されている釣り人なら一度は踏み入ってみたい渓である。今日は到底源頭部までは行けないけれども、林道の終点から大きな堰堤を越え少し上流部を探る計画なのだ。

 今日も、「あんたら、ほんまに釣りに行くの」と云われても反論出来ないほどのんびりとした朝である。先ずは温泉に入り、誰もいなくなった大広間借り切って朝食をとり、釣り支度を終え宿を出た時は既に8時を過ぎていた。

 辿る林道はよく整備されていて、心配していたこの夏の集中豪雨による影響もなさそうである。林道脇の斜面にはもう秋の花が咲き始めている。タマアジサイは上品で涼味あふれる薄紫の花で僕達を誘惑する。車を止めて撮影会の始まりである。ソバナも負けじと可憐な花を谷風に任せるままに揺れている。クサボタンは、まだ蕾が固く開花にはもう少し時間がかかりそうである。そんな訳で僕たちの足取りは遅々として進まない。それでも、40分ほどで松倉谷出合いに達する。さらに進めば視界全体に大きな堰堤が拡がり、林道は尽きる。
色も涼しげなタマアジサイ
 堰堤を高巻く前に、その下で竿を出す。しかし、釣れるのは10cm程のチビばかり。30分ほどで切り上げ、堰堤越えの開始である。少し下流に戻り仕事道を辿れば良いのだが、面倒とばかりに左岸の急斜面を強引に上がり仕事道に出合う。道は急斜面刻まれていているが、しっかりとしていて惑うことはない。しばらく進み、道を捨て渓めがけて下降を開始、10分もかからずに渓に降り立つことが出来る。透明な流れが陽を受けて煌めくすばらしい渓である。再び竿を取り出し釣りの開始だ。今日の主役は、水谷さんである。残りの二人は昨日35cmを堪能したので後から続くことにする。山本さんは余裕のヨッチャン、木陰の岩に腰掛けてタバコをうまそうに燻らしている。

 釣り始めてすぐに、下流に見事な淵を従えた美しい滑滝が現れる。ここに大物がいなければ、どこにもいないと云っていいほどのポイントである。水谷さんが慎重に近づき仕掛けを投入する。一回、二回、三回ーーーーしかし、仕掛けは何事もなく流れ下るだけであった。そんなばかな、変わって僕と山本さんも試みるが結果は同じである。「今日は大物は休日とちゃうか」、と捨てぜりふを残し上流に向かう。
美しい滑滝
 滑滝を過ぎると渓は平瀬状態で、小物ばかりがちょっかいを出すばかりである。興味は次第にイワナから花々に移りゆく。水辺には、シシウドによく似たイヌニンジンが白くて大きな花を広げている。ジャコウソウは見事な造形で「どっや」と云っている。さらに1kmほど釣り上がれば、高さ10mほどの直瀑が眼前に現れる。勿論その下はには大きな淵がある。三人は勇んで竿を思い切り伸ばし仕掛けを流し続けたが、時は空しく過ぎるのみであった。「やはり今日は大物はお休みなされいるのだ」と決め、竿を納め引き返す事にした。

 振り返れば、狭いU字空間には過ぎゆく夏を惜しむかのように積乱雲がわき上がった淡い瑠璃色の空が拡がっていた。さらば、夏よ!、僕は空に向かい手を振った。
10mの直瀑
晩夏の空