下田原谷-(08.23)

8月23日(下田原谷)

 8時を少しまわった頃山本さんが眠そうな顔をぶら下げて我が家にやってきた。今日は水谷さんと3名で白峰に向かう予定である。道具一式を載せ替え先を急ぐ。琵琶湖大橋を渡り水谷邸には9時半前に到着。彼は、目をランランと輝かせ玄関先で待っていた。用意は既に出来上がっている。意気込みが違いすぎる。山本さんよ、目を覚ませ。

 素早く荷物を放り込み出発である。名神高速から北陸高速を快調にとばしまくる。それでも白峰やはり遠い。勝山にあるペンション「ウポ」の冷房のよく効いたラウンジでランチである。僕と山本さんは、短パンにティーシャツ。他人が見れば、本当にこれから渓流に釣り向かうとは思えないであろう。でも、そんなことは気にしていては釣りなど出来ない。名人は、決してあわてたり騒いだりはしないのである。今日は、夕方2時間に勝負をかけるのだ。

 ゆっくりとしたランチを堪能し、白峰に向けて出発したのは、もう1時を過ぎていた。途中、国道脇にある展望台で雄大な山野を背に釣り支度をする。ここで、気持ちは釣りモードに切り替わる。そして、アクセルを思い切り踏み込み谷峠を一気にくぐり抜けとる白峰だ。

 今日入る谷は、下田原谷だ。目標は、骨酒用の20−25cmイワナ3尾である。林道の隅に車を止め、先ずは岡本スペシャルポイントへ。何時入っても見事なポイントである。いかにもイワナが好みそうな流れや弛みが点在している。だが、いっこうにイワナ達は反応してくれない。時間的にも難しいこともあるが、やはりここは岡本氏がいないとイワナ達も姿を見せないのか。水谷さんが、22cmのイワナを釣り上げたのみであった。
岡本スペシャルポイントでイワナを釣る水谷さん
 その後待ち合わせ時間を4時半と決め、水谷さんはそのまま釣り上がり、Y.&K.組は車でさらに上流に向かうことにした。10分程車を走らせ、再び藪を分けながら渓に降り立つ。いつものように美しい流れが二人を歓迎してくれる。しかしイワナ達の喰いは渋く、仕掛けを追って姿を見せるけれども、食いついてはくれない。時間もないので、大場 を拾いながら釣り上がって行く。驚くほど大きなオタカラコウや、シシウドが河原を埋め尽くすかのように咲いている。しばし、釣りを忘れる。

 再び、流れが渓全体に拡がるようになる。岸に近い浅い流れに仕掛けを流すと、僅かに仕掛けが止まる。一呼吸おいて合わすと、意外な引きが手に伝わってくる。ネットですくい上げると26cmのニッコウ系の美しいイワナであった。山本さんも放流サイズを一尾。 時計を見ると、4時20分である。目的のポイントはもう少し上流である。僕は、竿を置き空身で上流に向かう。

 いよいよ、僕が30年以上も隠し続けているスペシャルポイントだ。数週間前の大雨もあり、大物が潜んでいることは間違いない。僕は、片手にネットを構える。山本さんが仕掛けをポイントに落とす。瞬間黒くてでかい影が走る。続いて水面がバシャリと音をたて盛り上がる。目印が上流に走る。どでかい!。6.3mの竿が凄い勢いで引き込まれ半月状にしなる。咄嗟にネットを持ちポイントへ。一度掬い損ねるが、二度目ジャストヒットでネットに収まる。胸がドキドキする。中を覗くまでもなく尺越えの大物である。山本さんも放心状態である。周囲は既に薄暗くなっている。急いで写真を撮りその場を後にする。時計は既に5時を回っている。僕たちは急いだ。
35cmのど迫力のイワナ
放心状態の山本さん
 待ち合わせを大幅にオーバーして林道にたどり着く。既に戻っていた水谷さんに、「あきまへん」と云いながらさりげなく魚籠を見せる。瞬間水谷さんの目の色が変わった。僕と山本さんは、「こんなもんよ」とおどけてみせた。改めて計測すると35cmであった。勿論、山本氏最長記録である。

 話は、これで終わらないのだ。実は、僕は山本さんに大きな借りがあるのである。話せば長くなるが、簡単事情を説明しておこう。2000年7月に二人で大杉谷に入った時のことである。小さな枝谷を釣り上がり、最後のポイントでの出来事である。僕はポイントを彼に譲り、岩陰から彼の釣りを眺めていたのである。何度目かで小さなあたりがあり、合わせるが仕掛けは宙を切り竿に絡みついたのである。どうせ小物だろう、仕掛けを作り返るのも面倒と云うことで僕が変わって釣ることになった。だが釣り上がったイワナは、予想に反してなんと35cmの大物であった。その時、釣った嬉しさより申し訳ない云う気持ちでいっぱいであった。それ以来、この借りはきっと何時かと思い続けてきたのである。

 積年の想いを晴らすことが出来た今日は、長い釣り人生でも至福の一日になった。同じ35cmと利子は付けることは出来なかったけれども、今宵の酒は格別な酒になるに違いない。