百合谷(03.27)

 とうとう、今年も白峰に解禁日がやって来た。解禁日は釣り人にとっては6ヶ月待ちに待った、心躍る日なのだ。岡本氏より白峰行きのメールが入る。勿論と返信をする。水谷氏からもメールが入る。

 水津SAに8時待ち合わせ、北陸道を北へと向かう。福井北で高速を降り、九頭竜川に沿って更に車と走らせる。国道157号線が河合の村落を過ぎると路の傾斜は徐々に増し、標高も急速に増し始める。同時に残雪の量もそれに比例するかのように増加していくのであった。再び路の傾斜が弱まるともう谷峠はすぐそこである。

 国境の暗い谷峠のトンネルを抜けると路面以外は一面の雪だ。とうとう今年も白峰にやって来たのだ。10時前に、民宿つるのに到着。漁協の組合長でもあるご主人と女将が笑顔で出迎えてくれる。だが、今日は女将の都合が悪く民宿は臨時休業とのこと。残念だが、入漁券を購入し今夜の宿は近くの民宿に変更。別れ際に、ご主人は「まだ水温が低すぎる事や、何処の谷には何台の車が入っている」等と色々と細かな情報を教えてくれる。  午後1時に緑の森に落ち合うことにして、水谷、岡本両氏と別れ先ず大杉谷に向かうことにする。だが、林道には何台もの車が止めてあり、もう入るスペースなど何処にもない。除雪終了地点まで入りUターンである。

 時間も時間なので、ここはとっておきの「裏かき戦法」を決め込むことにし百合谷に向かう。予想通り車も、先行者の足跡もない。高まる心を抑えるように、ゆったりと時間をかけ釣り仕度をする。そして、一気に雪の斜面を尻セードで下り降りる。降り立った手取川は清冽で心地良い瀬音を山々に響かせている。今日は、釣れても、釣れなくても良いのだ。ただ、早春の風を背に受けながら谷と戯れるだけで充分なのだ。

 水温を測ると4度だ。やはり、岩魚の採餌温度を考えると低い。先ず左手から入る小谷の堰堤に向かう。ここには必ず何時も良形の岩魚が潜んでいることをぼくは知っているからだ。流れの右端を数度流すと当たりがある。2秒ほど間を取って合わせると重い感覚が竿を通して伝わって来る。慎重に竿をたたみながらネットですくい上げる。25cmには満たないが良い岩魚である。何とも言い難い喜びが込み上げてくる。再度仕掛けを同じ箇所に流すと、一回り小ぶりの岩魚が掛かる。ここは、もうこれまでと判断し、ビニール袋に雪を詰めその上に岩魚を入れて堰堤を後ににし百合谷に戻ることにた。


 ここから先は、取水口までは期待できない。一旦竿を仕舞い上流へ向かう。だが、急いだりはしない。谷の感触や豊かな残雪に被われた斜面を楽しみながらの渓歩きだ。期待していた取水口では、何事も起こらなかった。午前の釣りはこれまでと決め、雪の斜面を駆け上がり、まだ除雪のされていない林道をゆっくりと下っていったのである。


集合場所の緑の森に戻っても、誰もいない。一人、路端にマットを広げとろろ蕎麦をすすりおにぎりを頬張った。いくら待っても両氏は戻ってこないので、ダム湖に向かうことにした。何時もはダム湖に沈んでいる堰堤が渇水状態で顔を出しているので、その落ち込みをルアーで探ってみようと云うのである。しかし、肝心のリールが見当たらない。もう今日はこれまでとのんびりとすることにした。

 そうこうする中に水谷、岡本両氏と百合谷の出合で落ち合うことが出来た。水谷氏は満面笑顔で「大物が釣れた」と語りかける。岡本氏は、渋い顔。話を聞くと午前中僕が入った堰堤で釣ったとのこと。もうこれ以上はいないと思い込んだ処だ。悔しさ半分、嬉しさ半分と云ったところだ。水谷氏は、岩魚のポイントが分かって来たようである。この分だと、今年こそ念願の尺ものも夢ではないだろう。その時こそ私が網師を努めようと改めて誓う。

 とにかく、今日の釣りはこれまでと宿に向かうことにした。宿では先ずビールを注文し、今日一日に感謝し乾杯だ。冷たい液体は、少し火照った体の隅々に浸透し、心地良く全身を駆けめぐっていくのであった。  風呂を浴びたると、夕食は既に用意されていた。今日釣り上げた4匹の岩魚は骨酒となり、今夜の夕餉を盛り上げてくれる。何度味わっても飽きることのない風味と酷に3人は酔いしれていった。1回だけではもったいないので、2回目を同宿の「愛人契約がどうのこうの・・・」と話の漏れ来る初老の男性と中年2人のご婦人のちょっとばかし怪しげな3人組に進呈することになった。早速骨酒を注文した3人組は「美味い、美味い」とご満悦である。ご婦人の一人は骨酒に詳しいらしく、骨酒をとった後の岩魚をもう一度焼くと絶品あることを教えてくれる。それは、充分にあり得る事だと納得する。最後は、一杯いかがと勧めてくれる。勿論、遠慮無く頂戴する。そうこうする中に夜は深まり、部屋に戻り柔らかな布団にもぐり込むと意識は急速に薄れて行った。