岡本氏は昨日38cmの大岩魚をものにしたので気が抜けてしまったのだろうか、今日は釣る気は無いようである。スーパー林道を越えて観光巡りをする計画だ。僕は、久しぶりに岩間温泉にでもと両氏と別れ一里野から恐ろしい林道へと向かうことにした。車道は細いが、以前とは比べようの無いほど整備されていてもう恐怖感はない。9時前に岩間温泉着。早速入浴、露天風呂を30年ぶりに楽しんだ。昼食を楽しみしていたが、今日は忙しくて出来ないとのこと。残念だが仕方ない。もう一度白峰に戻るが、まだ10時半である。このまま帰るには早すぎるので、例の「幻の谷」に岩魚の顔を見に行くことにした。山本氏には申し訳ないが、事後報告としよう。 前回とは比べようの無いほどの草茫々の林道を走ること40分ほどで、谷の入り口に到着。辺りは夏草が茂り、深閑とした山間の空間には俗世を離れた閑かな時が流れているばかりである。仰げば、真夏を予感させる碧空が頭上に横たわっている。ここは、やはり桃源の世界なのか。僕は林道にシートを広げ、その上にしばし寝ころぶことにした。20分ほどの昼下がりのうたた寝の後、さあ出発だ。今日は岩魚に会いに行くだけなので、全て放流である。カメラを首に下げ11時50分車を離れ、「幻の谷」に向かう。 堰堤を乗り越え谷に降り立つと、随分と色濃くなった雑木林と、明るく透明な流れが待っていてくれた。瀬に一歩踏み出すと、すーと魚影が走る。昨日と同じように、岩魚たちは瀬に出ているのだ。堰堤より200mほど遡り、釣り支度をする。第一投は岩盤の上を流れる浅い瀬だ。仕掛けを入れた瞬間上流から岩魚が追ってくる。合わせると15cmの岩魚だ。更に上流に向かい、谷の天井まで木々が被い始めた辺りより本格的な釣りとなる。小さな淵の尻に仕掛けを入れると、何処かともなく岩魚が現れ目印が上流に持っていかれる。殆ど向こう合わせで竿を止めると、力強い引きが伝わってくる。ネットですくい上げると26cm幅広の岩魚だ。美しさを通り越してエロチシズムさえ感じられる妖艶な魚体だ。目の前の妖艶極まりない魚体を眺めていると、30年以上も渓流に通い続けてきた謎が解けて行くような思いであった。 次いで、一つ上のポイントでも25cmが瀬尻から飛び出してくる。入れ食い状態である。25cm級が5回連続で竿をしならせる。もう今日はこれで充分である。谷はまだまだ続くが、あとはこの谷を二人で見つけた山本氏に残しておこう。竿をたたみ、一呼吸入れる。時計を見ると1時20分であった。仰げば木の葉を通して緑に染まった陽が漏れてくる。足下では、流が心地良い瀬音を立てながら白い飛沫を上げている。嗚呼この何と云う幸せ。 |