9月9日
熱帯性低気圧が日本列島に横たわっている前線を刺激して天候はすこぶる悪い。城野君が午前9時の天気図を書いてきてくれたので、それをにらんで行こうか迷っていたがとにかく行くことになった。
2日分の食料は木ノ本で買うことした。男3人、料理するのも面倒とばかりに「インスタントみそ汁、缶詰のカレーなど」何とも味け無いものばかり買い込んでしまった。もちろん酒も買った。
土地の人に明日入る網谷の様子を聞いてみた。「経の滝」と「五銚子の滝」と云う大きな滝があり、それぞれ右岸に巻き径が在ることなどを教わった。夜大雨が降る心配があるので、テントは張らずに網谷両股出合付近の作業小屋を借ることにした。
9月10日
朝5時に目が覚める。予想通り雨が降っていた。夜明けが近いのに空は暗く、山は影絵のように浮かんでいる。霧が谷を埋めていてその深さは底知れない。頭がボーとしてまるで夢遊病者のようである。夏草は疲れ切っていて、あんあに烈しく茂ってたのに一本叉一本と倒れていき、雨は一雨毎のにそのきめを細かくし、その冷たさを深めて行くのです。秋が始まろうとし、全てが鎮まろうとしているそんな夜明けであった。
8時に小屋を出る。谷に入るともう水は冷たく感じられた。とにかく遡行開始だ。1時間ほど遡った処で奇妙な滝に出会う。大きな岩がくりぬかれて出来たナメ滝で床は半球状でツルツルである。慎重に登っても滑ってしまうほど見事に磨かれた滝であった。
「経の滝」は15m位であったが、流心を直登することができた。滝を登り切り、落ち口で振り返ると雨にかすんだ琵琶湖が視界に飛び込んでくる。「五銚子の滝」は大きく高かった。上下2段で上段は10m、下段は15mくらいである。この滝は直登することは出来ない。右岸を巻くが、巻き径を間違えたのでブッシュの中をもがいて抜けきった。10時35分である。「五銚子の滝」とはどうも一つの滝を示すのでなくこの付近の滝群をまとめて示すしているのかも知れない。と云うのは、この付近15mくらいの滝が「五個」あるからだ。
さらに1時間ほど遡ったが、降り続けていた雨がはげしくなったので遡行は打ち切ることにした。高度約900m、11時50分である。谷の下降には2時間ほど要した。
帰りの汽車の車窓から近江平野を眺めた。降っていた雨は知らぬ間に上がり、薄日が射すほどになっていた。稲田は黄色みを増し、重みを増した稲穂は風にたなびいている。空も風にも秋の気配が感じられ、僕は秋の山旅のことを思いながら列車揺られていた。
|