三周ヶ岳

9月13日
 長い北陸トンネルを抜け出ると今庄はすぐであった。降り立った今庄の町は寂れてはいるが、どこかあか抜けて、色気さえ漂う村落である。想えば、かつての北国街道の宿場としてにぎわった町なのだ。駅前の村の「百貨店」で三日分の食料とアルコールを買い求め、タクシーに乗り込んだのであった。辿る明るく開けた日野川の道沿いにはいくつもの村落が点在する。宇津尾を過ぎ、広野の大きな村落を抜けると、ようやく両岸の斜面がせまり始め山に近づいたことを感じることが出来る。大河内の分岐から1.5kmほどで車道は尽きる。時計は10時半を少し廻っている。南方面を望めばV字空間の最奥には国境稜線もしくはそれに続く尾根が横たわっている。辿る登山道は良く整備され、要所には道標も設置されている。夜叉ヶ池に訪れる人が多いのだろう。そんな道を40分ほど辿り、昼食とする。それぞれ、思い思いの場所に陣取りゆったりとした一時であった。再び立ち上がり重いザックを背負い12時に出発。一時間ほどで岩谷に辿り着くことが出来る。人の気配はないが、家屋は数軒残っている。かつては多くの人たちが暮らしていたのであろう、村はずれには分教場もある。もう随分昔に捨て去られたであろうと思われる畑には、ススキが茂り、周囲は深閑と鎮まりかえっている。長年ここで暮らした人たちは、どんな思いでこの地を去ったのであろう、くやしっかたのだろうか、それとも苦しかった日々をふりかえりホットしたのであろうか、僕はだだ茫然と、赤トンボが舞う荒れ果てた田畑を眺めているだけであった。もうここは秋なのか。

 岩谷から日野川の流れに沿って40分ほど遡れば倉ノ股と真ノ谷の出合である。5万図では、水線は真ノ叉に記されているが、水量は倉ノ股のほうが多いようだ。倉ノ股に入ると行く道は谷の瀬から離れ山腹を大きく巻きはじめる。すると、「夜叉ヶ池まで2000m」の標識を頭上に見る。巻き道の斜度が緩みほぼ水平状になると、形の良い高さ10mほどの滝が目に入ってくる。夜叉滝であろう。さらに、上流には2〜3mの滝が数個掛かっている。この滝群を過ぎると道は再び谷の瀬に戻り、一度右岸に移るが直ぐに左岸に戻り、次いで右手前方に小谷を見るようになる。そして、ここより100m程先に今日一番の登りが待っているのであった。道は夜叉ヶ池がある越美国境稜線めがけてその支尾根に一直線に付けらているのである。尾根道の下部には麻縄がフィックスしてある程の斜度だ。25度は優にあるだろう。ここからは、全員本気となる。次第に息は荒くなり、心臓の鼓動も烈しくなる。高度1000mを越えたであろあたりで三周ヶ岳の三角形の山頂が左手の空に木の間越しに見え始める。その姿は、僕たちに力を与えてくれた。国境稜線はもう近いのだ。そして、それから20分程で正面に夜叉ヶ岳を見る。このピークを左に大きく巻けば急に前が開けりる。とうとう僕たちは夜叉ヶ池に辿り着いたのだ。3時間の苦闘は終わったのだ。僕たちを苦しめた重いザックを肩から下ろし、握手をして喜びを分かち合った。

 今日は9月13日、仲秋の名月には少し早いが満月の夜だ。しかし仰ぐ空には烈しく雲が流れ、満月はなかなかその姿を見せてくれない。国境を越える雲を通して淡く時折見え隠れするのみである。だが、月は無くとも酒は飲めるのだ。標高1100mを越える越美国境稜線を借り切って、天下無双の酒盛りの始まりだ。

9月14日
 昨夜の予想通り、朝から雨が降ったり止んだりの天気だ。しかし、天気などどうでも良いのだ。僕たちは、三周ヶ岳を目指して8時30分テント地を出発する。国境稜線にはしっかりとした踏み跡があり、楽とは云わないまでも苦労することなく辿ることができる。雨で殆ど視界が無く、左手前方に黒壁山とおぼしき山塊が影絵のように浮かぶばかりである。稜線は痩せていて美濃側は深く切れ落ちている。出発してから1時間ほどで黒壁山への尾根を岐る地点に達する。主稜はは真北に急折し直ぐに三周への尾根を岐ける。僕たちもここで主稜に別れを告げ、三周への尾根を辿る。踏み跡は相変わらずあるが途絶えがちになる。分岐より尾根は一旦下降し始め、30分程で最低鞍部に至る。あとは、この尾根を登り返せば一等三角点の三周ヶ岳が待っているのだ。小さなこぶを越えると傾斜緩くなり、もうすぐだなと思った瞬間頂上であった。10時50分である。

 そこには、昭和15年発行の奥美濃のバイブルである森本次男氏の「樹林の山旅」の巻頭を飾る三周ヶ岳の写真にある三角点測量のための櫓が残っていたのである。半ば朽ち、半ば倒れかけているけれど、あの写真と同じものだ。いま、こうして氏が目にしたのと同じ櫓を眺めるていると鎮かでしみじみとした喜びが込み上げてくるのであった。

 そんな山頂で喜びに浸っていると、11時過ぎた頃今までかかっていたガスが急に消え、眼前には360度の大パノラマが展開し始めたのであった。東には不動、千回沢の両山が印象的である。さすがに、能郷白山は雲の彼方であった。北と云えば、越美国境線上に累々と山々が重なりあっている。。南では断然横山岳が他を圧倒している。名の通り横に形の良い尾根を張っている。西には湖北の山々おぼろに横たわっている。

9月15日
 昨夜の凄しい雷混じりの風雨は一応治まったが、雨はまだまだ続いている。三国岳はあきらめ、10時30分夜叉ヶ池を後にする。天候は徐々に回復し、青空も見え始める。12時55分岩谷着。ここで昼食を採ることにした。食後はしばしの憩いとろうではないか。河原の石の上に寝ころび木の葉の間から望む空はもう秋のそれだった。